なぜ、あなたは生まれてきたのか?

誕生日メッセージ logo_banner

なぜ、あなたは生まれてきたのか?


「偉大な人間には使命感がある。
つまらぬ人間には願望がある。
狭量な心は逆境に遭うと萎えてしまうが、 偉大な心は逆境をものともしない」

作家ワシントン・アーヴィングの言葉です。

生涯を通じて人が最も強く求めるのは、自分が生きる意味だそうです。
はるか昔から哲学者はこの根元的な問いに答えを出そうとしました。

なぜわたしたちはここにいるのか?
すべてはどんな意味があるのか?
そんな「なぜ生まれてきたか」のヒントとなるお話です。

ここから--------

わたしの父はグラスゴーで一般医として働いていた。
五十二歳という若さで逝ってしまった。
おそらく激務とストレスが父の命を奪ったのだろう。

父はたったひとりであらゆる症状の患者を診た。
二千百人の患者をかかえ、休暇をとるときには報酬を支払って代診の医師を頼んだ。
亡くなったとき、父の銀行口座の残高はわずかに赤字だった。
それが父の人生の収支決算だった。

父はわが子によい教育を受けさせ るためにがんばって働き、
わたしたち子どもはひんばんに休暇を楽しむことはなかったが、
大変に幸福な子ども時代を送った。

だが父が亡くなったとき、わたしはみじめな気分だった。
けっきょく父は骨折り損のくたびれもうけだったのではないか、
人生の敗北者だったのではないかと感 じたのだ。

グラスゴーの郊外で、激務に追われ患者のために尽くしたが、
その成果を示せるようなものを何ひとつ残さなかった。
新車のカタログに目を通す父の 姿をわたしは何年も見てきた。
しかし、結局父は新車を買わなかった。
一年に一着だけスーツを買い、前の年に買って着古したスーツを処分した。
靴も同じだっ た。

父の葬儀にはたくさんの人が集まり、教会はぎゅうぎゅうづめだった。
父の患者も大勢いた。

父の患者をわたしは誰ひとり知らなかった。おそらく、
家族のみんながそうだったと思う。

葬儀のあと、多くの患者が母にお悔やみを言いに来てくれた。
そのと きにはわたしはとくに注意を払っでいなかった。
が、ずっと後になって父の葬儀のことを母と話しているときに、
くわしくたずねてみた。患者さんたちが話した 内容を。 

ある女性はこう話したそうだ。娘の手にしじゅう湿疹ができて、
それが気になって何も手につかずにいた。
父は回復を早めるための薬を処方し、リネンの手袋を するよう指示し、
あまり心配しすぎないようにと言ったそうだ。

しかしその家族は貧しく、手袋を買う余裕はなかった。
父は決して余裕があったわけでもないの に、財布を取り出し、
手袋を二組買えるだけの金を渡した。
この金はあなたにあげるわけではない、
そして返す必要もないと念を押しながら。

また、こんなことを教えてくれた人たちもいた。
余命いくばくもない患者や、手の施しようのない患者のもとを父は定期的に訪れ、
患者とその家族をただひたすら励ましつづけたと。

ある夏の夜、子どもだったわたしはパブの外で父と並んですわっていた。
父は中年のカップルと話を始めた。
父が医師だと知ると、男性が腕の発疹を診てほしい と言い出した。
父はわたしに車のキーを渡し、往診かばんを持ってきなさいと命じた。
父はその男性のために処方箋を書き、よくなりますよと安心させた。

べつにわたしはセンチメンタルな思い出に浸って、
父を聖人君子に見立てているわけではない。

父はとても人間くさい人物で、情け深いところもあったが
頑 固者でもあった。だがとにかく、父は苦しむ人を放っておけなかった。
人にはできるかぎりの手を尽くした (そのぶん、自分にはまったく構わなかった)。

なぜかといえば、父はそうすることが好きでたまらなかったからだ。
それが自然なことだったからだ。
父は自分の使命感を貫き通したのである。

父はとうとう新車のオーナーにはならなかった。
しかし、じつは大変な財産を築いていたのだ。

---ここまで

「今日は残りの人生の最初の日 」 ロビン・シーガー著


 
 
[ スポンサーリンク ]
メッセージリング
 
logo_banner